追悼 思想家・西部邁氏が、20代記者にかけてくれた「言葉」

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 評論家の西部邁氏(78)が21日早朝、東京都大田区の多摩川に飛び込み亡くなった。遺書も発見されており、入水自殺と見られている。

 西部氏には生前、本サイトの2017年7月12日配信の記事で、当時彼が刊行したばかりの『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)についてのインタビューに応じてくれている。

 取材にあたり、インタビュアーの河野嘉誠氏と担当編集である私の2人で、彼の事務所兼自宅である入るマンションを訪れたところ、昼下がりの日差しを背景にして、椅子に深く腰掛け、紫煙をくゆらせる西部氏の姿があった。

 当初、取材時間は1時間を予定していたが、当時開票直後だった’17年東京都議選や日本の政治状況、さらには自身の生い立ちなどの話題に花が咲き、いつしか予定時間を大幅に超過。途中、娘さんからワインやソーセージなどをふるまっていただくなど、結局、3時間近くにおよんだ。西部氏はまだ20代と若い我々に対しても非常に真摯的に、とことんまで接してくれたのだった。

 当時のインタビューを振り返り、彼が今の日本人に伝えたかったことを今一度考えてみたい。※発言などはすべて配信当時のもの

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西部邁氏

“小さなデマゴーグ”が日本人にはよく似合う

 都民ファをめぐる“熱狂”で幕を閉じた東京都議選。その結果を受けて、ポピュリズム(人気主義)に警笛を発し続けてきた西部に、いまの日本人はどう映るのか。インタビューの冒頭でそう問いかけると、ファシスタはポツリとこう述べた。

西部邁(以下、西部):小泉純一郎さん、橋下徹さん、小池百合子さんなど、トランプ君やプーチン君と比べると、圧倒的にスケールの小さなデマゴーグが、この島国にも続出していますね。日本語でデマというと、ウソ話ですが、元々はギリシャ語のデーモス(民衆)という言葉に由来しますから。

デマゴーグというのは、“民衆扇動家”という訳語よりも、“民衆的”とでもいったほうがしっくりくるのかもしれません。いわば、デマゴーグいうのは、その時代に生きる民衆のマジョリティを、表象しているといって構わないのです。小さなデマゴーグがよく似合う。それが、いまの日本人だということです。

 ’94年に、月刊誌『発言者』を創刊(その後、『表現者』に改題し、現在はMXエンターテインメントから隔月で発行中)するなど、西部氏は常に、構造改革とグローバリズムの虚妄に沸きたち、テクノロジーとマネーを追い求め狂騒する平成日本において、単独者たることを厭わずに、警笛を発してきた。

西部:雑誌の発刊を含めて、いままで言論活動を継続してきたわけだけど、グローバリズムだろうが、構造改革だろうが、孤立無援のなかで俺は本当に血相変えずに頑張ってきた。

構造改革に反対する意味は簡単でね、レヴィ=ストロースの構造主義をはじめ、大半の学問分野で「構造」といえば、長い長い歴史に培われた自分たちの意識や心理の根本に立ち返ったときに出てくるものをさす。それは、少しずつは変えることができても、抜本なんてことをすれば、崩れてしまうものなの。それを分からなかったのは、アメリカなんですよ。

アメリカの構造改革なんていうのは、工場やオフィスにコンピュータを入れようという、いわゆるコンピュータライゼーションに過ぎなかったんだよ。それが、日本に入ってくると、日本社会の構造がダメだから、構造を変えようってなった。オイオイ、って言ってきたけど、何の効果もなかった。結局は俺のいう通りになるんだよ。でも、俺とは何にも関係ないんだ(笑)

※西部氏の若かりし頃の思い出、思想の成り立ちにまで話が及んだインタビュー全文、思想家・西部邁大いに語る「都民ファは今の日本人によく似合っている」より一部抜粋
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 実は担当編集である私は、次の予定が入っていたため、この日の取材を途中退席してしまっている。西部氏からしてみればハナタレ小僧に過ぎない我々に対しても非常に真摯的に、とことんまで接してくれたのに、とても申し訳ないことをしたと今さら後悔している(その後、インタビュアーをしてくれた河野氏は西部氏と娘さんに連れられ、新宿で夜11時まで痛飲したそうだ)。

 慌てて事務所を去る私に、紫煙をくゆらせながら西部氏が「そんなに急いでいたら、大きな仕事できないよ」と、掛けてくれた一言を今あらためて思い出している。

 合掌。

<文/HBO編集部・担当I>

【西部邁】
にしべ・すすむ●1939年北海道生まれ、 2018年1月21日没。享年78歳。東京大学経済学部卒業。東大在学中には、共産主義者同盟(通称:ブント)の中心的人物として60年安保に参加し、東大自治会委員長と全学連中央委員を兼務。その後、横浜国立大学助教授、東京大学教養学部教授を歴任。1988年に東大を辞職したのち、評論家となる。1994年に雑誌『発言者』を発刊。「朝まで生テレビ」(テレビ朝日)や自らがホストを務める「西部邁ゼミナール」(MXTVで放送中)などのテレビ出演でも知られる。著書に『経済学倫理学序説』(中公文庫・吉野作造賞受賞)、『大衆への反逆』(文藝春秋)、『生まじめな戯れ』(筑摩書房・サントリー学芸賞受賞)、『サンチョ・キホーテの旅』(新潮社・文部科学省芸術選奨受賞)など多数

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