【クルマ初モノ図鑑⑥】ボディー&シャシーPart2~ガルウイング、オールアルミ他

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モノコックボディが登場し、サンルーフやスライドドアなどの便利機能も生まれた1960年代。その後もクルマのボディやシャシーは進化を続けます。とくに’90年代初頭にはバブル景気で開発予算が潤沢だったこともあり、これまでにない画期的なクルマが登場しています。

クルマのボディやシャシー周りを中心に、’80年代~’90年代に登場した日本車を振り返ってみましょう。

 

■日産プレーリー(1982年) -日本初の両側スライドドアはピラーレス仕様

1964年にダットサンキャブライトで国産初のスライドドアを採用した日産。その後スライドドアは1BOXタイプのキャブオーバー車で普及していきます。そんな日産はスライドドアの先駆者として、次の一手を放ちました。

セダンのオースターJX/スタンザFXをベースに3列シートを装備した、現代のミニバンにあたるプレーリーを開発(ただし当時はミニバンという言葉がなかったため、新ジャンルのセダンという扱いでした)。このクルマに日本初となる両側スライドドアを搭載したのです。

しかもプレーリーのスゴいところは、ドア開口部を広くして乗降性を高めるためにスライドドアが両側ともセンターピラーレス構造になっていたこと。

ミニバンは背が高く、スライドドアにすると開口幅はもちろん開口高も大きくなるためボディ剛性が落ちてしまいます。現在、ピラーレススライドドアを売りにしているダイハツタントやトヨタアイシスの場合、剛性を確保するためにセンターピラーレスは助手席側だけで、運転席側にはセンターピラーが存在します。さらに助手席側も厳密にはピラーレスではなく、スライドドアにピラーを組み込む構造としています。プレーリーは完全なセンターピラーレス構造だったため剛性面で難があったのでしょう。2代目からはセンターピラーがつくようになりました。

プレーリーにはもうひとつ大きな特徴がありました。それはドア開口部からフロアまでをフラットにしたこと。この構造は段差がないため乗り降りしやすく、またレジャーを楽しんで室内が汚れたときも掃除がしやすいというメリットがありました。フラットフロアは、後のプレーリーリバティ、リバティへと受け継がれていきます。

 

■トヨタセラ(1990年) -日本初のバタフライドアを採用したスペシャルモデル

1987年に開催された第27回東京モーターショーで一際注目を集めたのが、トヨタが出展したコンセプトカー「AXV-II」でした。2ドアクーペのAXV-IIはそのドアが蝶の羽のように前方斜め上に開くバタフライドア(一般的に言われるガルウイングドアの一種)に。ガルウイングドアと言えばスーパーカーの専売特許だと思っていたのに、コンセプトカーとはいえ国産車、しかもスターレットベースの小型車が採用したのですから驚きもひとしお。そして’90年、ついにAXV-IIがセラとして市販されます。

ドアは外気温の影響を受けないよう2つのダンパーを採用。そしてコンセプトカーのイメージそのままに車体の上半分はほぼ全面ガラス張りに。セラはデビューと同時に大きな話題になりましたが、残念ながら販売台数はイマイチでした。

バタフライドアは街中で乗り降りする時に目立ちすぎる、しかもガラス張りなので車内が丸見え。きっと「カッコいい!」と思っても、いざ買うとなると躊躇してしまう人が多かったのだと思います。セラはデビューから4年半ほどでひっそりと姿を消すことになります。

 

■ホンダNSX(1990年) -世界初のオールアルミモノコックボディを採用したスーパーカー

日産が第2世代GT-Rの幕開けとなるスカイラインGT-R(R32型)を発売した翌年の1990年、ホンダはスーパースポーツ、NSXをデビューさせました。

全高わずか1170mmの低いポジション、エンジンはNAながら280psを発生する3L V6 DOHC VTECで、運転席後ろに横置きしたMRレイアウト。タイヤはフロントが205/50ZR15、リアは225/50ZR16という前後異径サイズ。NSXはスーパーカーと呼ぶにふさわしいモデルでした。

最も大きな特徴は、軽量化のために世界初となるオールアルミモノコックボディを採用し、さらにエンジンやシャシー、足回り、シート部材などにもアルミを多用したことです。軽量で強度の高いアルミニウムは優れた素材ですが、溶接が困難というデメリットがあります。ホンダはNSX製造のために専用工場を作り、アルミニウム溶接の専用機を開発しました。そしてスチールボディに比べて140kg、足回りなどの部品も含めると約200kgの軽量化を実現したのです。

 

■ホンダビート(1991年) -世界初となるミッドシップでフルオープンモノコックボディ

1991年から’92年にかけて、日本の軽自動車メーカーはこれまでにない画期的なモデルを登場させました。車名の頭文字を取って「平成ABCトリオ」とも呼ばれる軽スポーツには、それぞれライバルモデルにない斬新な特徴がありました。

’91年5月に登場したホンダビートは、軽乗用車初の2シーターミッドシップオープンモデルです。MRレイアウトでフルオープンモノコックボディというのは量産車では世界初で、当時の最新コンピュータ解析技術を用いて、高いねじり剛性、曲げ剛性を実現しています。

エンジンはビートのために新開発されたMTREC(エムトレック)3気筒。なんとNAで軽自動車自主規制上限の64psを8100rpmで発生します。さらに4輪ディスクブレーキやSRSエアバッグなど軽自動車初となる装備も多数奢られます。

エンジンは超高回転型だったこともあり、目一杯回さないと十分なパワーを引き出すことができず「遅い」と言われることもありました。一方で街中でも高回転まで引っ張れば、ホンダならではの走りを味わえる楽しいモデルでもあります。

 

■スズキカプチーノ(1991年) -軽自動車初の4輪ダブルウィッシュボーンサスを採用

ビートの登場から5カ月後、スズキも軽2シーターオープンスポーツのカプチーノを市場に投入します。同じオープンスポーツでもビートとカプチーノはコンセプトが大きく異なりました。カプチーノの駆動方式はFR。エンジンはアルトワークスに搭載されるF6A型ターボ(後期型はK6A型)になります。車両重量はわずか700kg(ビートは760kg、AZ-1は720kg。後期型カプチーノは690kg)ということもあり、加速力はずば抜けていました。ルーフは脱着式で、クローズ、Tトップ、タルガトップ、フルオープンになりました。

エンジンが縦置きなのでボディはロングノーズ・ショートデッキなスタイルに。フロントノーズが長くなった分エンジンルームの左右にスペースができたため、そこに軽自動車初となるダブルウィッシュボーンサスペンションが付けられたのです。当時から軽自動車はFFが一般的。そのためカプチーノはほとんどのパーツが専用設計になっています。

 

■マツダAZ-1(1992年) -軽自動車唯一のガルウイングモデル

マツダの販売チャンネルの一つであるオートザムから登場したAZ-1は軽自動車初のガルウイングドアを採用したモデルです。その後ガルウイングモデルは登場していないので、軽自動車の長い歴史の中で唯一のガルウイングとなります。

ドアは上部もガラスになるフルガラスキャノピーに。ドアについた窓の開口部の高さは15cm弱。窓の開閉は手動式ですが、室内が狭いためドライバーは右手で窓を開けるのがほぼ不可能。そしてドアを開けたときにサイドシルがかなり高いため、乗り降りには慣れが必要でした。

ボディはスチール製のスケルトンモノコック。そこにFRP製の外板を取り付けて軽量化を測っています。エンジンはスズキアルトワークスのF6A型ターボをリアミッドシップに搭載。足回りもアルトワークスのものが使われています。

スタイリング以外に多くの人を驚かせたのはクイックなハンドリングでしょう。ロック・トゥ・ロックはわずか2.2回転。国産車では類を見ないハンドリングマシーンだったのです。

 

(文/高橋 満<ブリッジマン>)

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